1952-05-27 第13回国会 参議院 農林委員会 第40号
支拂証書を切る事務等は、順次これは買受代行的な供出代行をやります農協等にお願いをするわけであります。その他いろいろな調査でありますとか、現地事情等も、全部管理については未だ全部検査員を通じてやらしておるというような実態でございます。麦等は供出制度が今回なくなりますので、若干性格がだんだん変つて参ります。本来の検査員らしい検査をやる性格が出て来たのであります。
支拂証書を切る事務等は、順次これは買受代行的な供出代行をやります農協等にお願いをするわけであります。その他いろいろな調査でありますとか、現地事情等も、全部管理については未だ全部検査員を通じてやらしておるというような実態でございます。麦等は供出制度が今回なくなりますので、若干性格がだんだん変つて参ります。本来の検査員らしい検査をやる性格が出て来たのであります。
勿論国の支拂いでございますので、支拂証書そのものに検査員が捺印をいたさざるを得ないのであります。具体的な事務そのものにつきましては、成るたけ代行をして頂くということに進めて参りたい、こういうふうに実は考えております。米等につきましては、もう少しよく検討いたしまして行く必要があります。
支拂証書の問題その他についてもやつておりますので、米の統制中これを特殊機構にやりました場合、その特殊機構のものを食糧庁から又お願いしたらいいじやないかという議論も立つと思いますが、今日の状況におきましては、まだ時期早尚という実は感がいたしております。考え方の根本につきましては私は異存はございません。
そのときは政府の公示しましたはつきりした値段で出してもらい、出してもらいました場合は、従来と同じように支拂証書を切りまして、直ぐそれが現金化する、その間の前渡金は、従来通り單協のほうに渡すというのが政府に売る一つの過程でございます。
○国務大臣(本多市郎君) 支拂証書の発行事務が新たに附加せられましたのでありまして、それには実は不慣れな、野帳を以て検査にのみ従事しておりました検査員諸君が、この経理の仕事まで担当するということになりましたために、少しく間違いを生じたということも聞いておるのでございます。
そこで私どもといたしましては、そういう苦境になりましたときに、支拂証書ではまことに予算経費を乱るものである。さればといつて金融だけはせめてしなければならぬ。こういうような事情からいたしまして、受入れ証書と別に名づける別途のものをつくりました。期間もございませんから、支拂い証書に官印はもちろん押さない。
それから、いや例えば空のものであつて支拂証書は出してあるのに現物は入つていない、いわゆる空ということでありますれば、それを認めれば生産者の側、生産者方面から、その空の供出者からその代金をこちらに取るし、いやそれを出さん、そういうことはないということであれば終局のところ刑事問題をこちらから提起してこれを解決する、こういうわけであります。
そこでもう一つは、先程申上げましたいわゆる空供出と申しますか、現品が生産されてないのに出先といたしまして支拂証書等を発行してしまつたというのが二千四百六十九万ございます。その合計が十億五千三百万円、こういういわゆる政府の現物と帳簿面との差額、不足薪炭の状況でございます。
○政府委員(三浦辰雄君) この現物不足に関連いたしまするものは只今追求中でございますが、それらは、いわゆる政府に売つたものは政府が支拂証書を出しておる。そうしてそれに基いたものが駅から出ておるのでありまして、その駅の発送とその駅に来るべき留駅における支拂証書の関係からこういうものを追求して参るわけであります。
○小笠原委員長 その当時は、発駅で現物を確認の上支拂証書を発給するようになつていたわけでありますが、一千万円は将来引渡される現品に対して、前渡金の形で支拂われたように思われますが、その内容はどうですか。
○小笠原委員長 それではその当時の薪炭需給規則では、木炭の買入れ地点、数量の確認方法、支拂証書の発給方法は、どういうふうになつておりましたか、簡單にお話し願いたい。
○三浦証人 それは検收員が薪炭の支拂証書というものを発行いたします。そうするとすでに薪炭事務所としては薪炭の検收員が発行した支拂証書であるが、それが前渡金拂いで行く場合においてはその木炭事務所長のところに集つて来て、そこで支拂いになりまするし、それからそうでない金融によるものにおきましては、それを金融のところに持つて行くと支拂いをしてくれるという二つの方法があるわけであります。
生産者にわれわれが支拂証書を切りますと、生産者はただちにその支拂証書を持つて中金に行くわけです。中金では必ず金が流れている。中金が金を流すについてわれわれがそれだけのファンドを入れなくてはならぬ。ファンドを入れないでそれだけ流れ過ぎたという関係がありますので、それに約一億七千万円ほど貸しました。 それから残りは全販のかん啓であります。